陶芸家の森の日々                      ~佐藤火圭(けい)ワールドへようこそ!

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繭が出来ました!(byめぐみ)

昨日今日と、我が家ではピアノ合宿でしたが、私は養蚕体験講座の糸繰体験の日でした。
座繰りによる糸繰り体験は今回で2回目なので、少々勝っても分ってきました。
各々が今回引いた糸で、業者さんのご好意でショールを織ってもらえるそうで、出来上がってくるのがまた楽しみです。
さて、実家で育てた蚕も殆どが繭を作りました。
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これは、父の手づくりのまぶしに、群馬黄金(黄色)と群馬200(白)が繭を作ったところです。この箱だけ2種類の品種の蚕を入れたので、黄色と白が混ざって入って、また可愛いですね。
それにしても、みんな上手に繭を作ります。品種によって、こんなにも鮮やかな黄色の繭を作るのにも驚きました。昨日は、課外授業で「藁まぶし」の作り方も教わりました。以前は藁で、蚕に繭を作らせる場所を作ったのです。昔はこんな風に何もかも手作業だったのですね。今の私達から観れば、すべてが本物の、豊かな暮らしだったのかも知れません。
家に帰ると一流のピアノ演奏は聴けるし・・・いつもと違う豪華な二日間でした。
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by sueki-k | 2009-07-31 23:27

ピアノ合宿(byけい)

きょう、あすと我が家でピアノ合宿です。
去年9月、我が家でコンサートをした岩田海希さんとその弟子のナオちゃん、そして私の3人です。
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いや、ピアノっ奥くが深いです。単に楽譜通り弾ければ良いというものではありません。普通ヴァイオリンは音を出すのが難しく、ピアノは誰でも音を出せると思うでしょう。でもピアノも弾き方で音が全然違ってくるのです。それと、ピアノは指だけで弾くのでなく、体全体で弾くということを教わりました。
これはピアノだけでなく、ロクロもスポーツもいろいろな分野で言えることかもしれません。ただそう頭で理解しても実践はなかなか理屈どおりにはできません。明日も一日あるので、じっくり教わることにします。
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by sueki-k | 2009-07-30 23:45 | ピアノ

素朴な疑問(byけい)

レンゲショウマが咲きました。去年の9月3日のブログに「レンゲショウマ礼賛」というのを書きました。
レンゲショウマって本当にきれいですね。神秘的といってもいいです。これは平地では無理な植物で、幸い私の敷地内に自生しています。私の好きな山野草のベスト3です。
記録によると、私は2001年にこの種を蒔きました。それが今年やっと今蕾をつけています。実に8年かかって花を咲かそうとしています。これ、まだ咲いていませんが、咲いたらお祝いをしたいですね。
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この写真は自生しているものです。
一般的に、栽培種というのは改良されていて、種を蒔いたら、朝顔のようにすぐ花を咲かすようになっています。ところが、山野草はやっかいです。種を蒔いてから花が咲くまでに、1年というのもありますが、時間がかかるものがあります。私の好きなベスト3の一つの山芍薬は、種を蒔いてから花が咲くまで12年かかったという記録まであります。
よく行政が即席のお花畑を作る場合、普通は洋花の栽培種を使いますが、これはそのほうが見栄えがよく、手軽だからです。でも手っ取り早いということはそれだけ価値がないし、簡単に真似できますね。それより時間がかかっても、本物の美しいこのレンゲショウマの群生を作る見識と展望を行政に持っていただきたいと思います。○○を500万株植えたなどという新聞記事を読むと、私は具合が悪くなります。これって税金を使った自然破壊じゃないの?
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by sueki-k | 2009-07-29 23:57 | 佐藤けいのエッセイ

お蚕上げ(byめぐみ)

昨日はメグミのブログの日でしたが、お蚕さんの上蔟だったため、今日になりました。
上蔟は、繭を吐く状態になっているお蚕(熟蚕)を繭を作る場所に上げる作業です。先週準備しておいた回転族に蚕座(蚕を飼育する場所)から取り出した蚕を乗せてやります。
回転族は10枚で1セット。1枚に12×13=156マスあるので、その8割に蚕が入るとして、156×0.8=約125頭。125頭を数えて重さを量り、その10倍の重さの蚕を立ててある回転族にできるだけ均等に乗せるようにします。
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1セットに5.5キロ。洗面器に丁度一杯分です。
虫嫌いの人が見たら、卒倒しそうな光景です。洗面器の中から蚕をすくい出すときの感触はぷにゅぷにゅ、もぞもぞ・・・なんとも言えない体験であります。
でも、ゆっくり味わっている(?)暇はありません。10人でほぼ一日かかって、3万頭以上のお蚕さんを回転族に移し、天井から下げて、汗びっしょりになって昨日の作業は終わりました。みんなで冷たいお茶で乾杯。上族の日はお祝いなのです。
家(実家)に帰ると、またもや上蔟の作業が待っていました。
成長が遅くて体験講座の蚕座からはじかれた蚕を持ち帰って、実家の父に育ててもらっていました。
気温が高かったせいでしょう、上族は同時期になりました。こちらは100頭ほどでしょうか。
父の手づくりの枠に一頭一頭入れてあげることにしました。
這い回る蚕を、根気良く枠に入れてやったり、繭が汚れないように、最後のうんちとおしっこをとってあげたり、けなげに繭を作り続ける様子に見入ったり・・・父と母と三人で、夜中までお蚕さんの世話に熱中してしまいました。
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by sueki-k | 2009-07-28 22:02

50、60、はなたれ小僧(byけい)

ネジバナが咲きました。ネジバナは蘭科の花で、古文に確か「忍ぶモジズリたれゆえに」と出てきた気がしますが、あのモジズリがこのネジバナです。この写真、風にゆれてぼけてしまいましたが、小さな花の一つひとつが蘭の花になっていて、よく芝生に出現します。ねじれていて可愛い花です。
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話は変わります。先日「私の好きな言葉」というカテゴリーを追加しました。で、思い出したのが「50、60、はなたれ小僧」という言葉です。最近、友人と飲んだり話たりする機会があって、定年退職して家でぼちぼち何かをやっていたり、再就職したりしていて、もう老後のことを考えているらしいのですが、私はどうも違和感があります。
私は20代のころ、京都に住んでいて、ちょうど京都で「平櫛田中(でんちゅう)」展」がありました。彼は彫刻家で104歳まで生きました。100歳の時に、10年後に使う木を買ったそうです。(木彫は乾燥させなければなりませんので)。彼の言葉に「50、60、はなたれ小僧」というのがあって、私はその頃20代でしたからピンときませんでしたが、今60歳になって、やはりそうなのね、という感じです。焼物の世界はまだ全然解っていない、まだまだこれからです。実感として彼の言葉が解ります。孔子は「30にして立つ」といいましたが、私は「60にして立つ」と思っています。
平櫛田中の言葉でもう一つ気に入っていた言葉がありました。「わしがやらなきゃ、誰がやる。今やらなきゃ、いつやれる」というものでした。昔の人の言葉はリズムがありますね。
私も思っています。須恵器は、俺がやらなきゃ、だれがやる、と。
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by sueki-k | 2009-07-27 22:47 | 私の好きな言葉

蛾の不思議(byけい)

早速ですが、きょうのこの写真、これなんでしょうか?
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これは、蛾です。実は、上下逆さにしました。窓に止まっているのを写したのですが、下が頭です。蛾は蝶よりもずっと種類が多く、形・色も様々で面白い。これ、どう見ても狐などの顔ですよね。もっと奇抜なのもありますので、いずれ紹介します。
ところでどうしてこんな形がいるのでしょうか。偶然にしては出来すぎです。昔習った進化によると、突然変異でいろいろな色や形ができ、それが淘汰されて今に至っているということでした。でも突然変異でこんな形が生まれるのでしょうか。私はなんらかの意志が働いてこういう形になったと思います。
戦後、日本の女性のおっぱいが大きくなったという話を聞いたことがあります。戦前は日本は隠す文化ですから、おっぱいが大きいのは恥ずかしいという意識がありました。でも戦後アメリカ文化が入ってきて、大きいことはいいことだとなり、その結果実際に大きくなったのだそうです。つまり、意識が形態に影響するということになります。それを何十世代も続けていくと遺伝子レベルで変わってゆくのではないかと推察されます。
蛾も鳥に食べられないように、蛾の意識でこんな形態になったのではないか、それが私の推論です。蛇の目蝶というのがいます。これなどもまるきり目玉の模様です。また蚕も実際の目より大きい模様の目玉を持っています。
お米も、鳥の害を防ぐのに、田んぼに目玉模様の風船をつるしておく、というのがあり、効果があるそうです。人間が気づくずっと前に昆虫は気づいて、こんな形になったのですね。
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by sueki-k | 2009-07-26 19:52 | 動物

養蚕体験(byめぐみ)

養蚕体験学習もいよいよ大詰めになって来ました。
お蚕さんは、モリモリ桑を食べ続けて、ぷくぷく太ってきました。私の指よりちょっと細いくらいです。
今日、明日と、益々たくさんの桑を食べて明後日は繭を作らせる準備(上蔟)の予定です。
繭は、升目上に区切った厚紙の枠に作らせます。これを複数組み合わせて、写真のように木枠に入れたものを回転蔟と言います。
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今日は、これを28組組み立てました。
横に倒して両端を天井から紐で吊り下げます。蚕は上の方で繭を作りたがるので、舛の上の方に集中します。すると蚕の重みで枠が回転して上下が入れ替わり、やがて均一に舛に収まるという訳です。とてもシンプルな構造ですが、実に良く出来ています。これに、8割がたきちんと繭を作るのだそうで、びっくりです。
講義では、蚕の病気の話や、品種改良、突然変異の黒い蚕や縞々蚕の話、複数の蚕に一個の繭を作らせるジャンボ繭や、平らに糸を吐かせる平絹の技術など、マニアックな世界をも垣間見せていただきました。
今、教室のペットとして、黒い蚕のクロコと、茶色と白の縞々のトラコを一頭ずつ飼っています。
珍しくてかわいいので、話しかけたり見入ったり、すっかりみんなのアイドルです!
クロコやトラコを見てみたい方、日本絹の里に展示中です。
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by sueki-k | 2009-07-25 21:26

朱に交われば赤くなる?(byけい)

きょうは、めぐみの当番ですが、めぐみは蚕の研修に行っているので、私がピンチヒッターです。
土もみという作業の中に、土を混ぜるというのがあります。これは、赤い土と白い土を混ぜたり、硬い土と柔らかい土を混ぜたりする行為です。
今日の話は、硬い土と柔らかい土を混ぜるときの話です。
例えば、硬い順にA,B,C,D,Eと分けたとします。Cが普通の硬さです。たとえばうんと硬いAと、やや柔らかいDの土を混ぜるとします。AとDを混ぜれば当然やや硬い土になるのでどこかで水を加えなければなりません。水をどう混ぜるのが楽でしょうか。普通考えると、硬いAに水を加えてBにし、BとDを混ぜればCの丁度良い硬さになる、となります。でも硬いAに水を加えるのは、実はたいへんなのです。私はこうします。Dに水を加えEの柔らかさにします。このEとAを混ぜるのです。なぜこんなややこしいことをするのかというと、次のような事実があるからです。
《似た性質のもの同士は混ざりやすい》
例えば、石と空気は混ざりにくい。水とアルコールは混ざり易い。空気とおならは混ざり易い。水と空気は混ざりにくいが、水が蒸発して気体になると混ざりやすい、等々。話を土に戻すと、硬い土Aは水と性格が離れているので混ざりにくい、やや柔らかい土Dの方が水に近いので、水と混ざり易いのです。これはやってみると解ります。こんなことを考えながら、私は土を混ぜています。
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ところで昔から「朱に交われば赤くなる」といいます。でもこれちょっと違うのでは、と思っています。もともと似たもの同士が混ざり易いのではないでしょうか。たとえば子供が不良の仲間になったとします。不良に影響を受けて悪くなったというより、もともと不良と同質だったと考えるべきではないでしょうか。(これは悪い例ですが勿論良い例も同じです。)
似たもの夫婦とも言います。これも似たものが出会って結婚するという例のほうが多いのではないでしょうか。
私のところに集まってくる人達はみないい人たちばかりです。それは、私と私の作品に惹かれて集まってくるからだ、つまり私と似ているからだと私は勝ってに思っています。
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by sueki-k | 2009-07-24 19:47 | 佐藤けいのエッセイ

モダンな和(byけい)

山百合が咲きました。これは日本特産の百合で、山野草の女王といってもいいくらい立派です。この花、美しいのと、球根が美味しいのとで、道端に生えているとすぐ採られてしまいます。我が家には10本くらい生えていますが、いずれもっと増やしたいですね。
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最近「日本」が見直されていますね。明治以降西洋に追いつけ追い越せ一点張りでしたが、日本はもう完全に西洋に追いついているわけで、そういう方向はもう見直したほうが良いだろうと思います・最近の傾向は良いことでしょう。
考えてみれば、奈良時代以前に大陸から中国文化が入ってきました。最初のころは恐らく中国文化一点張りでしたでしょうが、300~400年位すると中国文化を消化して、日本独特の文化が生まれました。典型的なのはかな文字でしょう。その他、今の「和」の文化があらゆる分野で芽吹きます。
で、問題は明治以降です。今度は太平洋側から、西洋文明が入ってきました。そしてまもなく150年が経とうとしています。もうそろそろ西洋文化を消化して、新しいものが生まれても良いだろうと思います。
最近ユカタが見直されたり、和のものがいろいろ見直されつつあります。でも私が思うのは、単なる回顧趣味でなく、新しい形での「和」が欲しい。純和風の家では面白くない。一つの方向として「モダンな和」がいいですね。赤坂で私の器を使っている「麦屋」さんは、蕎麦屋なのにジャズを流している。こういうのがいいですね。蕎麦屋で琴が流れるのではつまらない。
どちらにせよ、グローバル化は避けられないわけで、そうなればなるほど、独自の文化が重要度を増します。これから日本文化はどういう方向に行くのでしょうか。
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by sueki-k | 2009-07-23 21:19 | 日本文化論

辰砂について(byけい)

8月1日から10日まで、所沢の「チョコレートコスモス」(所沢市寿町21-13・℡04-2939-7759)というところで個展《佐藤火圭作陶展》をします。在廊は2日と10日です。写真は案内状用に撮ったものです。
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私のライフワークは須恵器ですが、こんなこともできます。賑やかでしょう?私はあまり模様は書かないのですが、無地ばかりだと飽きてくるので、たまにこんな模様を描いて遊んでいます。
この中に赤い急須とポットがあります。これは辰砂という釉薬です。焼物の世界では、赤い色は出すのが難しく、珍重されてきました。赤は柿右衛門が有名ですが、あれは辰砂ではありません。あれは、「上絵」といって、一度高温で焼いた後に低い温度で焼いたものです。
辰砂は銅を使って発色させます。銅線は赤いでしょう。そう銅の色は赤いのです。微妙なのは、銅が錆びると緑青といって緑色になります。これが窯の中でも起こるのです。ちょっと専門的になりますが、焼物を焼く場合、酸化と還元という焼き方2種類があります。酸化は空気(酸素)をたくさん入れて焼く、還元は酸素不足で焼く焼き方です。銅は酸化で焼くと緑色になり、還元で焼くと赤くなります。その赤くなったのを辰砂といい、緑になったものを「織部」と言います。織部は魯山人がよくやっていますね。
辰砂でもう一つ特徴的なのは、飛び易いことです。つまり焼いている最中に蒸発し易いのです。この辰砂も他の作品をギリギリに置くと移って赤い部分が出来ることがあります。これを利用して、サヤの回りに辰砂を塗って、その中に青磁の壷などを入れると、青磁に辰砂がボカシで移ります。私はやったことがありませんが、一度やってみたいですね。
赤い色が移ろいやすいのは焼物だけではありません。ペンキなども、時々見るのは、看板などで赤い色だけがよく飛んでいますね。これ何かあるのでしょうか?
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by sueki-k | 2009-07-22 23:01 | 焼物の専門的な話