陶芸家の森の日々                      ~佐藤火圭(けい)ワールドへようこそ!

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カテゴリ:私の好きな言葉( 8 )

一期一会(byけい)

未草(ヒツジグサ)が咲きました!なんという美しさでしょう。
未草は日本在来の睡蓮です。尾瀬などに自生しています。大きさは直径5cmくらい、普通の睡蓮と比べると2回りくらい小さいく、とても可愛い。未の刻(午後2時ころ)に咲くので、未草といいます。
もともと私は睡蓮が大好きでした。あの透明感がなんとも言えないですね。山野草をやるようになり、日本産の睡蓮があると知って、どうしても手に入れたくなりました。私は山野草は原則買わないようにしていますが、これだけはなかなか手に入りそうもなかったので、去年ネットで探しました。そしたらありました。で、早速手に入れて、今年咲くのを待ちました。そしたら咲いたのです。3輪咲きそうです。これは種から増やせるので、いっぱい増やしたいですね。
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予告です。
昨年8月27日にブログを始めて、あと1週間で1年経ちます。当初は毎日1000日間続ける予定でしたが、1年やってみて、もう卒業かなと思うようになりました。で、2年目からは毎日でなく、気の向いたときにします。でも最低メグミと2人で1週間に1度ずつは書こうと思っています。
ブログの面白さはリアルタイムということでしょう。例えば、ブログから本にも出来るでしょうが、それらは全部「過去」です。ブログは現在進行形なのですね。これがブログの魅力です。1周年記念で総集編をしますが、例えば窯焚きの実況中継とか、これは本ではありえません。
私はブログも一期一会と思います。ブログも一つの出会いではないでしょうか。その意味でとても面白いのですが、そろそろ卒業かな?「なんでも挑戦」という意味で得るものも大きかったけど、時間もかかりました。詳しくはまた書きますが、今私は仕事がとても面白いのです。仕事にもっと時間をかけたい。それでブログへの時間を仕事に使おうと思ったわけです。
あと1週間、みなさん、しっかり読んでね。
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by sueki-k | 2009-08-20 19:46 | 私の好きな言葉

犬も歩けば棒に当たる(けい)

いろはカルタの最初は「犬も歩けば棒に当たる」でしたよね。私は昔、これの意味がよく解りませんでした。でも人生を60年送ってきて、最近良く解るようになってきました。
これ、いろいろな解釈ができそうです。棒は何か。幸運?不幸?どちらでしょうか。それによって意味が真反対になりそうです。不幸ですと、歩くと危ないから、家にじっとしていたほうが良いということになりますが、私は幸運と解釈します。人間、行動すればきっとなにかよいことがある、と思いたいですね。
きのうの石田節子さんをみていると、そう思います。彼女はここ10年くらいのうちに、あっというまに銀座に店を持ってしまいました。彼女は行動派です。どんどん行動し、「棒」にぶつかり、それを自分のものにしてしまう。だから変化します。
今回の養蚕も、たくさんの人と出会い、それを自分のものにしていっています。5年後、10年後が楽しみです。
人間、部屋に閉じこもって考えていては駄目ですね。もっとも、私のような仕事は、仕事場に閉じこもってやらなければなりませんが、これも行動といえます。いくら考えてもアイデアはでてきません。仕事をしてゆくとどんどんやりたいことが湧いてくるのです。

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きのう、こんな蝶を見つけました。これなんという蝶でしょうか。
7月26日の蛾もまるっきり顔でしたが、これも目玉です。しかも派手派手。面白かったのは、私が写真を撮ろうと近くまでカメラを近づけたら、危険を感じたのか、羽をピタっと閉じました。そしたら裏は真っ黒で、かつ全く動かなくなりましたので、まるで忍者が姿を消したようでした。つまり自衛のために、うんと派手に驚かすか、保護色になってわからかくするかどちらかなのですね。
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by sueki-k | 2009-08-12 20:21 | 私の好きな言葉

無駄なく、無理なく、むらがなく(byけい)

先日、ちょっとした手違いがあって、数時間分の仕事がパーになったことがありました。私はショックで一日仕事が出来ませんでした。仕事というのは、水が流れるように、サラっとやるべきと思っています。
以前、茶道を習っていたときに師匠によく言われました。「無駄なく、無理なく、むらがなく」やりなさい、と。
この言葉、どういう世界にも通じるのではないでしょうか。「段取り八部」という言葉もあります。これも、段取りをしておくと、仕事が流れるように出来、その結果効率が良いということだと思います。
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写真はトンボという道具の置き場です。同じものをロクロをするとき、このトンボで口径と深さを測ります。ふくらみなどの形は勘です。これ竹トンボに似ているからトンボというのでしょう。私は写真のように板に穴を空けて差込み整理をしています。必要な時にさっと出せるためです。
焼物は、芸術家的な部分と職人的な部分があります。この職人的な仕事は、スピードが大事です。1日100個作る人と、200個作る人とでは倍の収入の差が出来ます。トンボを探すのに手間取っていると、無駄な時間を過ごすことになります。無駄はいけません。
また無理もいけません。仕事はマラソンです。コンスタントに仕事をするのが、効率が良いのです。同じく、むらもいけません。
先日、ピアノのレッスンでも、無駄を省くよう言われました。
自然体で仕事をしたいものです。
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by sueki-k | 2009-08-08 21:05 | 私の好きな言葉

50、60、はなたれ小僧(byけい)

ネジバナが咲きました。ネジバナは蘭科の花で、古文に確か「忍ぶモジズリたれゆえに」と出てきた気がしますが、あのモジズリがこのネジバナです。この写真、風にゆれてぼけてしまいましたが、小さな花の一つひとつが蘭の花になっていて、よく芝生に出現します。ねじれていて可愛い花です。
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話は変わります。先日「私の好きな言葉」というカテゴリーを追加しました。で、思い出したのが「50、60、はなたれ小僧」という言葉です。最近、友人と飲んだり話たりする機会があって、定年退職して家でぼちぼち何かをやっていたり、再就職したりしていて、もう老後のことを考えているらしいのですが、私はどうも違和感があります。
私は20代のころ、京都に住んでいて、ちょうど京都で「平櫛田中(でんちゅう)」展」がありました。彼は彫刻家で104歳まで生きました。100歳の時に、10年後に使う木を買ったそうです。(木彫は乾燥させなければなりませんので)。彼の言葉に「50、60、はなたれ小僧」というのがあって、私はその頃20代でしたからピンときませんでしたが、今60歳になって、やはりそうなのね、という感じです。焼物の世界はまだ全然解っていない、まだまだこれからです。実感として彼の言葉が解ります。孔子は「30にして立つ」といいましたが、私は「60にして立つ」と思っています。
平櫛田中の言葉でもう一つ気に入っていた言葉がありました。「わしがやらなきゃ、誰がやる。今やらなきゃ、いつやれる」というものでした。昔の人の言葉はリズムがありますね。
私も思っています。須恵器は、俺がやらなきゃ、だれがやる、と。
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by sueki-k | 2009-07-27 22:47 | 私の好きな言葉

プロにとって定石は無い(byけい)

窯焚きが3日目に入りました。
今回は3交代です。去年やめた弟子が、勉強のため手伝いに来ています。夜中の3時~11時が弟子、11時~7時がめぐみ、7時~3時までが私の当番です。窯焚きはキツイけど楽しいです。夕べ3時に交代して、一杯やりながら弟子の焚くのを見ていました。やがて夜がしらみ始め、小鳥が鳴きはじめます。この時間が一番好きです。私にとってお酒は窯焚きの大事な武器です。火を見ていると神経が興奮していてなかなか寝られないのです。寝るのも大事な仕事。気分転換にお酒は大切です。・・・などと理屈をつけて飲んでいますが、単に飲みたいだけかもね。
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囲碁の世界に「プロにとって定石は無い」というのがあります。定石というのは、過去の人が打った手で、ここはこう打つというのが決まっていて、「定石辞典」というのも出ています。素人はそれを読んで勉強するのですが、プロはその場で考えます。過去の定石はすべて忘れて、その場の最善の手を考えるのです。
これはすべての世界に言えるのではないでしょうか。窯焚き一つとっても、私は35年くらいしていて、まだまだわからないことだらけです。今回も窯詰めをしていて新しい発見がありました。過去の常識の捉われているとこういう発見は起きません。頭を無にして事にあたらなければならない気がします。
「プロにとって定石は無い」私の好きな言葉です。
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by sueki-k | 2009-04-16 18:46 | 私の好きな言葉

守破離(byけい)

きょうの我が家は雪です。昼間の雨が夕方から雪に変わりました。私の記憶では5月2日に雪が降ったことがあるので、今頃の雪には驚きません。
毎週水曜日は、子犬の写真を載せていましたが、とうとう子犬がいなくなりましたので、きょうからは山野草の写真を載せます。プラス、私のエッセイです。
きょうの写真は「ヤブカンソウ」の芽出しです。「ノカンゾウ」という百合科の花があって、その八重版ですが、あまりきれいな八重ではありません。この芽は美味しいらしいです。我が家には1株しか自生していないので、増えたら食してみます。
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「守破離」という言葉があります。私の好きな言葉です。
この言葉は、確か能の言葉で、「守」とは伝統を受け継ぎ守ること、「破」はこれを破ること、そして「離」はそこから離れること。
私が正式に焼物の先生に入門したのは遅く、27歳の時でした。その時の私の決意は、徹底的に「従順」に学ぶこと、批判などは要らない、とにかくコピーするが如く学ぶこと、と思っていました。弟子入りというのは、先生の作品の制作を手伝い、最終的には先生と同じものが出来ます。その作品が、自分のセンスと一致するかどうかは問題ではありません。高いレベルの作品が出来るということが重要なのです。山登りにたとえると、先生の高さまで一気に上れるということです。これってとてもあり難いことですね。独立したのが31歳でしたが、その時点でちゃんと売れるレベルのものが出来ました。ただそれは、先生の流儀です。そこから「破」が始まります。つまり山で言うと、先生の高さから外れて、一人で歩き出すわけです。そうすると必ずレベルダウンします。私の場合もそうでした。「守」の段階でいた方が食べやすい。そして、その段階でとどまる人のほうが圧倒的に多い。でもそれでは新しいものは生まれません。私の先生の弟子達、つまり私の兄弟弟子達はほとんど先生と同じものを作って、それでちゃんと生活しています。私は自分独自の世界を作り出しましたが、そういう人間は少ない、「破」まで行かないのです。
ところで「離」とは何でしょう?私はそこまで行っていません。これから追求する境地でしょうか。例えば、剣の達人が最後に刀を捨ててしまう、といった境地でしょうか。
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by sueki-k | 2009-03-25 20:19 | 私の好きな言葉

作る人半分、使う人半分(byけい)

一昨日、私の先生の先生・河井寛次郎のことを書いたので、寛次郎の言葉をもう一つ紹介します。
それは、《作る人半分、使う人半分》という言葉です。
これは焼き物に限らず工芸全般に言えると思いますが、作った時点では半分しか完成していない、ということです。あとの半分は使う人が完成させる。例えばお皿は焼きあがった時点では未完成。そこに料理を盛って初めて完成するということです。
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写真は須恵器の「焼酎碗」という作品です。結構大ぶりです。私のイメージでは焼酎を飲む器として作りましたが、使う人はどういう風に使っても構わない。むしろ作者が、え?と驚くような使い方をしてくれた方が面白い。カフェオーレに使ってもいい、大ぶりなのでうどんの倶入り汁碗にしてもいい、小さな剣山を入れて花を活けてもいい。ヨーグルトを入れてブルーベリーなどを垂らすときれいでしょうね。
昔、アメリカ人の陶芸家のところへ遊びに行った時、極々普通の湯呑みにコーヒーを入れて出してくれました。とても新鮮でしたね。日本人には絶対に思い浮かばないでしょう。
《作る人半分、使う人半分》という言葉にはもう一つの意味があると思います。それは、陶器は使っていく内に変わってゆくので、使うことで変化させて完成させる、と解釈できます。これも昔、信楽にいた頃、私が卸していた店のお爺さんが、古谷道生さんの湯呑みを使っていてしみじみ言いました。「これ、気に入って」いるのだけれど、少し漏るんだね、でもそのうち止まるだろうと思って楽しみに使っているんだ。」本当に未完成を楽しんでいるふうでした。こういう楽しみ方もあります。
今うちで一番売れている「陶板」こそ、使い方でどうにでも活きます。まさに《作る人半分、使う人半分》です。
皆さんも、器を工夫して楽しい使い方をしてください。
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by sueki-k | 2009-03-05 19:36 | 私の好きな言葉

仕事が仕事をする仕事(byけい)

4月の窯焚きに向けて、1週間ほど前から仕事が始まりました。
穴窯の作品作りは半年ぶりです。
窯詰めは4月11日~13日
窯焚きは14日~19日です。6日間徹夜で焚きます。
これから40日くらい仕事場に閉じこもって仕事に集中します。
そこで思い起こすのが河井寛次郎の「仕事が仕事をする仕事」という言葉です。
久しぶりに仕事を始めるとなかなかエンジンがかかりません。何を作ったらいいのかも思い浮かびません。そこでまず掃除をしたり、土の準備をしたり、スケッチをしたりします。そうこうする内に、だんだん頭が仕事モードになってゆきます。トイレの中でも、車の中でも、寝る時も、作るものを考えます、でもなかなか出てこない。ある時突然溢れるようにでて来ます。
私が20代の初めころ、数学者になろうと思っていたことがありました。その頃「群論」というのを勉強していて、いくら考えても解らない、でもずーっと考え続けていたら、ある時いっぺんにすべて解ってしまったという経験があります。これって花粉症に似ていますね。花粉症は少しづつ症状が現れるのではなく、ある時突然出てくるらしいですね。
もの作りも同じで、考えていると、その分発想が湧いて来るのではなく、ある時溢れるように湧いてくる、これが本物で、雑巾を絞るように出す発想は本物ではない。ただそれまでお風呂に水を入れるように考えつづけなければならない。
河井寛次郎の言葉はこの辺のことを言ったのだと思います。つまり机上で考えるより、まず仕事場に行って仕事をするうちに、どんどん仕事モードになって、頭の中が完全に仕事で一杯になる、そうするとアイデアが溢れ次の仕事を生み出す。
これってストーブもそうです。
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ストーブも最初なかなか燃えません。でも燃やしていって中が熱くなってゆくと、途中からどんどん苦もなく燃えるようになります。これって「佐藤けいのおっぱいエネルギー論」そのものですね。まだ読んでいない人は是非お読みください。(12月24日のブログをお読みください)
今年は大事な年なので、いい作品作りをしたいですね。
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by sueki-k | 2009-03-01 19:10 | 私の好きな言葉