陶芸家の森の日々                      ~佐藤火圭(けい)ワールドへようこそ!

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カテゴリ:須恵器の話( 6 )

須恵器の本質(byけい)

きょうから高崎高島屋で個展が始まりました。
きょうのブログは会場風景を写すつもりでしたが、カメラを忘れていきました。なので、それは明日にします。
きょうの話は須恵器の最も大事で、難しい話です。化学が苦手な人は、ややこしいかもしれませんが、出来るだけ易しく話しますので、お読みください。
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須恵器を一言でいうと「焼き締め&燻す」でした。この燻すというのがもっとも大きな特徴です。
写真の右が須恵器で、これは燻しています。まったく同じ土で、燻していない(それが一般的)ものが左です。備前焼、信楽焼きは左に属します。ご覧のように左の燻していないものは赤みがかっています。右はモノクロに近く、赤みがかっていません。これは鉄分が関係しています。赤みがかるのは酸化第2鉄、即ち鉄さびの色です。鉄さびは赤いですよね。それを燻すと化学変化を起こして、酸素が取れてしまい、モノクロになるのです。
実際にはどうするかというと、火を止めるときに薪をたくさん放り込み、煙突を遮断してしまうのです。すると中の煙は逃げ場を失い、窯の隙間から噴出します。それを予め練っておいた粘土で塞ぐのです。30分くらいその格闘は続きます。
窯の中に煙が充満すると、窯の中には一酸化炭素が出来ます。一酸化炭素はとても不安定な物質で、酸素と結合して二酸化炭素になろうとします。その時に窯の中のあらゆる酸素と結合するのです。つまり酸化第二鉄の酸素と結合し、その結果鉄さび色が消えるという訳です。ある時ホームセンターから赤レンガを買ってきてうちの窯に入れたら、赤みが取れて、灰黒色のレンガができました。(一酸化炭素中毒が危険なのは、肺に入り血液中の酸素を奪うからです。)
かくして、石のような焼物・須恵器ができあがるという訳です。
きょうはちょっと難しい、でも最も大事な話でした。明日はカメラを忘れないようにします。
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by sueki-k | 2009-05-20 21:59 | 須恵器の話

「須恵器」という言葉(byけい)

夕べ宴会をしていたら、猫のノリがピッチャーの中に頭をつっこんで水を飲んでいました。その姿があまりに可愛いので受けましたね。どういう訳か、ノリにちゃんと与えている水より、バケツにくんである水とか、流しの水などを好んで飲みます。何故なんでしょうね。
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今日の話は「須恵器」という言葉についてです。
「須恵器」は「すえき」です。これは当て字で、要は「すえき」なのですね。実はこれは「陶器」と書いてもいいのです。「陶」は「すえ」と読みます。昔信楽にいた頃、「陶吉」さんという人がいました。「すえきち」さんです。「陶器」を「すえき」とは意外な感じがしますが、考えてみると須恵器は奈良から平安時代に全国で焼かれていたのです。つまり、今でいう瀬戸物とか焼物とかいう総称として「須恵器」という言葉が生まれたのでしょう。
また「すえ」というのは韓国語で「鉄」という意味らしいので、もしかしたらそこから来た可能性もあります。須恵器は一見、鉄のような感じがしますからね。
きのうも書きましたが、須恵器は鹿児島から青森まで全国で焼かれていました。今須恵器の窯があったところに「すえ」の名前がたくさん残っています。ちょっと列挙してみましょうか。「末野(すえの)」「陶邑(すえむら)」「須恵」「洲衛」「備中陶」「土佐須江」「美濃須衛」など、「すえ」が入っている地名はだいたい、昔窯があったところです。
4,5世紀ころから平安時代まで、須恵器はじつに700年間くらい焼かれました。そして現在焼いている人は殆どいないのです。
私の役割は須恵器を復活させて日本中に知らしめることです。皆さん、力を貸してくださいね。
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by sueki-k | 2009-05-07 21:24 | 須恵器の話

須恵器って何焼き?(byけい)

きょうは雨ですね。私は山野草をしているので雨は慈雨です。新緑がきれいです。今、一年で最高の季節です。
それにしても、高速料金が割引で、混んでたいへんだったようですね。うわさによるとETC業者は品薄で、儲かったみたいだし、サービスエリアは今まで閑散だったところも、混雑してウハウハだったみたいですね。結局道路公団の天下り先が超儲かって、庶民にはたいしたことない連休だったみたいで、むなしい感じです。それはそれとして、きょうの話は須恵器です。
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写真は私の典型的な須恵器の壷です。
私の須恵器を見て、人は質問します。「これ何焼きですか?」
答えは「須恵器です。何とか焼きではありません。」
日本の焼物は、○○焼きというのが基本になっています。これは恐らく茶道からきているのでしょう。茶道では○○焼の茶碗というようになっていjます。備前焼の水差しとか、萩焼の茶碗、唐津焼きの茶入れのように誰々作よりも○○焼が優先します。で、よく訊かれるわけです。「何焼きですか?」
ところが須恵器は○○焼に入らないのですね。
○○焼はそこの土でやかれた物をいいます。備前焼は備前の土で焼かれた物をいいます。群馬の土をどう焼いても備前焼にはなりません。萩焼も萩の土で焼いたものです。昔からある焼物はすべてそうです。というのも昔は今のように交通が発達していなかったから、そこで採れた土はそこで焼いたのです。
ところが須恵器は違います。須恵器の特徴は、土ではなく焼き方にあるのです。薪で焼いて最後に燻すのが須恵器です。須恵器は全国で焼かれました。だから○○焼ではないのです。
100年後には、須恵器は全国で焼かれるようになると思います。それぞれの土地で、それぞれの土で焼かれると面白いのではないでしょうか。私はそのフロンティアと思っています。
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by sueki-k | 2009-05-06 17:23 | 須恵器の話

須恵器との出会い(byけい)

連日来客で、昼間から宴会です。きょうも、勿論明日も・・・
世の中大型連休の真っ只中ですね。それで思い出すのが22年前の、ゴールデンウィークです。その頃は岩手県遠野市の「万世の里」というところで穴窯を造って作陶していました。遠野には粘土が出土していて、その頃の悩みが、その粘土を穴窯でどう生かすかだったのです。どうも《遠野の土》を《穴窯》で焼いてもあまりよくないのです。
ある時知り合いの東京の陶器屋さんから、韓国へ行かないかと誘いがありました。その旅行が私の運命を決定づけたのです。
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旅行は4日間の短いものでしたが、陶器屋さんグループということで、韓国の窯元を回りました。その中には韓国の人間国宝も含まれていて、とても充実した旅でした。
慶州のある窯元へいったときのことです。そこは古墳群があり、黒い焼き締めの焼物を焼いていました。大きな穴窯があり、その脇に赤松の生の枝が積んでありました。私は質問しました。「これ何に使うのですか?」答えは、窯を止める時に使うというのです。その瞬間わたしの頭はひらめきました。
それには前段階があります。遠野の焼物仲間が「炭化」という焼き方をしていたのです。これは灯油窯で焼いて、火を止める時に空気を完全に遮断する焼き方です。彼の窯を手伝った時、この焼き方を穴窯に応用できないだろうかとひそかに思っていました。それをやっていたのが、慶州のその窯だったのですね。
私は帰国してから早速窯を、それが出来るように造り直しました。つまり《遠野の土》と《穴窯》に《燻す》をプラスしたのです。そしたら須恵器が出来てしまったのです。最初の窯はとても感動的でした。
私のテーマは、その古代の焼物を現代に生かすということです。というのも、慶州のその窯は過去の出土品をそっくりそのままコピーしていたのです。きょうの写真は酒注ぎです。頭の下に注ぎ口があるでしょう。そこでまったく同じものが造られ、ソウルの骨董品屋さんで売られていました。知らない日本人がそれを買っているのです。私の作るものは過去の再現でなく現代に生きるものです。だからジョッキとかコーヒーカップを造るのです。
私の焼物造りは、まさにそこから始まったのです。
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by sueki-k | 2009-05-05 20:42 | 須恵器の話

黒について(けい)

世の中は連休真っ只中のようですね。私のところは、来客がたくさんあり、接客で忙しい。でも、お客さんと一緒に昼間からビールを飲み、楽しんでいます。6日まで、毎日来客のアポイントが入っています。
回りは春爛漫状態で、今日は桜吹雪でした。
写真はフデリンドウ。高さ10cmほどの小さい春のリンドウです。私の敷地に50株ほど咲いています。可愛いでしょう?これ、れっきとした野草です。もっと増やしたいので今年は種を採ろうと思います。
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これから何回かに分けて須恵器の話をしようと思います。私のライフワークは須恵器です。今まで多少は話してきましたが、もう少し詳しく話します。本当は一番話したいのは須恵器なのです。
私は弟子時代、毎月釉の試験をしていました。その中で何故か黒釉の試験を多くしていました。理由はよく判りませんが、良い黒釉を作りたいと思っていたのですね。
黒はもっともおしゃれな色といわれています。私が黒い色に惹かれた理由ははっきり判りません。体質とか、生まれつきとかでしょうか。
でも結局、気に入った黒釉は出来ませんでした。独立してからも試験をしていました。単なる黒釉は出来たのですが、何となく気に入らないので、作ったまま放っておきました。ある時土鍋を作ろうとして、持っている釉をすべて掛けてみました。土鍋はそれ用の特殊な土を使います。そうしたら、以前作っておいた黒釉が見事に私の好きな黒になったのです。釉というのは土によって色がとても変化します。
それが今、私の工房の大きな武器になっています。去年サライで紹介された陶板が、この黒マット釉です。
また、私は焼き締めが好きでした。「焼き締め」というのは釉を掛けないで薪で焼いたものです。備前焼が有名です。実は、《黒》と《焼き締め》を合体させたものが《須恵器》なのです。韓国で須恵器に出会った時、これだ!と思いました。次回はこの韓国での出会いを書きます。
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by sueki-k | 2009-05-03 20:21 | 須恵器の話

須恵器とは(byけい)

お知らせです。遠い人は無理でしょうが、今度の日曜日(15日)、榛名町の文化会館《エコール》で「梅祭」が行われます(9時半~2時半)。うちはそこに店を出します。但し、「掘り出し市」といって、普段出さない不良品(下物と言います)や試作品、半端物などを格安で出します。普段の値段の5分の1か、10分の1くらい。私は一杯やりながら楽しみます。皆さん是非お越しください。来ないと損ですよ。このブログを見て来た人は言ってください。なにかプレゼントします。
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きのう、またラジオ高崎に行ってきました。焼き物の話、今回は3回目で、「窯の歴史」と「須恵器」の話をしました。放送は次の通りです。
〔ラジオ高崎〕 FM76、2MH、3月17日午前11時半~
私のライフワークは須恵器です。もうすぐ(明後日)このブログ、200回になるというのに、須恵器のことは殆ど話していませんね。これを機に少しずつ話そうと思います。
きょうは簡単に須恵器の概要を話します。
歴史的には、縄文土器、弥生土器と1万年続いた土器に代わって登場したのが「須恵器」です。それまでの土器との大きな違いは、窯で焼くということです。土器は「野焼き」といって窯無しで焼きます。焚き火で焼くわけです。窯の技術が朝鮮半島から伝わって、日本全国で焼かれるようになりました。この日本全国というのが面白いのですね。つまり「○○焼き」というのと違うのです。「○○焼き」というのは、そこの土地でとれた土で焼いたものです。「備前焼」というと備前の土で焼いたものです。須恵器は全国で焼かれました。つまりどこの土でも須恵器になります。では何が特徴かというと焼き方なのです。その話は次回にしましょう。
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by sueki-k | 2009-03-12 19:42 | 須恵器の話