陶芸家の森の日々                      ~佐藤火圭(けい)ワールドへようこそ!

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カテゴリ:日本文化論( 15 )

タワシの話

去年11月に東京で「にっぽんのたわし展」というのがあって、行ってきました。
今、日本では殆どたわしは作られていませんが、唯一といっていいほど、和歌山県の高田耕造商店で作られています。この展覧会を見るまで、たわしのことは知りませんでした。
購入して使ってみたら、これが実に感動的に使いやすいのですね。感触が良い。柔らかい。店の人の話だと長持ちするらしい。こういうものに出会うと嬉しくなります。日本は工芸の国だとつくづく思います。
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左が普通のたわしで、右は身体をこするためのものです。
今市販されているものは全部輸入品です。堅いですね。それはパームヤシが原料だからだそうで、高田商店のものはシュロから作るのだそうです。とても柔らかくて気持ちが良い。
こういう仕事を是非後世に残したいものです。
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by sueki-k | 2013-01-21 00:00 | 日本文化論

日本人の感性(その2)

文化の話をする時は、とりあえず西洋と日本を論じると分り易いでしょう。

焼物がそうですが、日本人は素材感を大事にします。私の焼物がそうですが、釉薬を掛けずそのまま焼きます。着物、木工、食べ物、いろいろな分野で日本人は素材を大事にします。
西洋は自然が厳しいから、まず自然を克服しようとします。庭を造る場合も、西洋のやり方はまず更地にしてから造りますが、日本は自然を利用して、自然に近い形を造ります。
つまり、日本は自然に恵まれているのですね。
だから、「克服」でなくうまく「利用」しようとするのではないか。これは自然との調和です。和をもって尊しとなすですね。

虫の声に風流を感じるのは、自然を敵とみなすのでなく、愛しているからではないでしょうか。
一言でいうと、日本はそれだけ自然に恵まれている訳です。
世界で虫を愛でるのが日本だけというのは、日本は世界で一番自然に恵まれている証左でしょうか。
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きょうも写真は野草です。
これ「ホトトギス」といって、この辺にたくさんあります。名前は花の点々が鳥のホトトギスに似ているからだそうです。
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by sueki-k | 2012-09-17 00:00 | 日本文化論

日本人の感性(その1)

昨日の話の続きです。

虫の音や蛍に風流を感じるのは、世界で日本人だけだという。
矢島先生に何故なのでしょうかと訊いてみましたが、確かの答えは返ってきませんでした。そこで私なりに考えてみました。

この話は奥が深いです。

話は跳びます。
今月1日に、我が家の前の「桑茶カフェ」でコンサートがありました。
その時演奏したのが佐々木真さん。彼はフルート奏者で、経歴が変わっています。京大理学部に在学の時、音楽コンクールに入賞し、その後物理学の大学院まで出てからプロのフルート奏者になりました。現在日本フルート協会の会長をしています。
だからでしょうか、話がとても面白かった。
天気が悪く、雨の音を聴きながらの演奏会でした。
彼いわく。「西洋の音楽は室内の、しんとした音のない中で聴きます。日本の音楽は風や小鳥の声がする中で聴きます。西洋の油絵などは、まずキャンバスを白く塗ってから描き始めます。日本の絵は和紙などの素材感があるのをそのまま利用して描きます。」
なるほど。
話が長くなるので、続きはまた明日。
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この花、ご存知でしょうか。「ゲンノショウコ」と言います。漢字にすると「現の証拠」。胃腸にとても効果があるのでこういう名前になったということです。今、家の周りにたくさん咲いています。
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by sueki-k | 2012-09-16 00:00 | 日本文化論

着物を楽しみたい(その1)

きょうは高崎のビューホテルでクリスマスコンサートがあったので、行ってきました。
女房と共に着物で行って楽しんできました。
何故着物なのか?家庭画報の「きものサロン」2004年1月1日発売号に1ページエッセイを頼まれて書いたのを再現します。(髪の毛がまだふさふさですね。)
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以下それを載せます。少し長いですがお読みください。


やあ、久しぶりだな。
ちょっと座って、一杯やろうじゃないか。
え?この着物?これはオレの友人の石田節子ちゃんという着物のスタイリストに頼んだものだ。
きょうは着物について話せだって?
そうだな、それにはまずカジュアル化という事からかな。着物というとまず連想するのは、成人式、結婚式、お茶会か。皆フォーマルな場だ。でも大事なのはカジュアルな場じゃあないだろうかとオレは思うんだよ。それを意識したのは数年前ハナエ・モリの新聞記事で、世の中のカジュアル化の波についてゆけなかった、というのを読んでからだ。世の中を観察していると、あるある、カジュアル化の波が。
例えばだ。
雑誌を見ていると「カジュアルな着こなし」とか「カジュアルなレシピ」など、常に出てくる。
焼物の世界で言うと、以前は磁器が雑誌によく取り上げられていたが、最近は陶器が多くなって来ている。磁器はどちらかというとフォーマルな器といって良いだろう。又、今は良い物をしまって置くのではなく、日常に使うという傾向が強い。


長いので、続きは明日にします。
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by sueki-k | 2011-12-21 23:59 | 日本文化論

能(byけい)

きのうの続きです。

桑茶カフェがオープンした4月23日、オープニング記念として能が行われました。というのも、オーナーの石田節子さんのご主人が能楽師だからです。
石田さんと知り合ったお陰で、私は能を見る機会が増えました。東京で時々能を観ています。
写真は当日の能の様子です。
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能というのは恐らく世界に類のない芸能だと思います。
この世とあの世の堺の話なのですね。
当日、鼓がポンとなり、能管がヒューと響くと、山中から霊が集まってくる気がしました。
私は20代の頃、文楽に夢中になり大阪によく観に行きました。歌舞伎も観ましたが、能が最も神秘的です。
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by sueki-k | 2011-05-03 23:49 | 日本文化論

座卓の話(byけい)

大雪です。我が家も大雪が降りました。
写真を見てください。うちの庭はこんな感じです。測ってみたら30cmの定規がズボッと入ってしまいました。35cm位でしょうか。
全国的に記録的な大雪だったようですね。午前中は雪かきでした。
群馬県は「かかあ天下と空っ風」で有名です。つまり、北から吹いてきた湿った空気は新潟で雪になり、谷川岳を越えてきた風は乾燥した「空っ風」になるのです。で、群馬は日照時間は全国一だそうです。だからこんな雪はめずらしいのです。
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ところで今日の話は別です。
我が家は7年くらい前に建てました。その時、食事はテーブルと椅子でした。ある時、親戚の家から頂いた立派な座卓があるので、それに変えました。そしたらこれが実に具合が良いのですね。
私は小さい頃は、我が家を含め、99%は座卓で食事をしていたと思います。私の家はその頃10人くらいが暮らしていて、食事は丸い座卓でした。よく注意されたのは、肘を小さくして食事をすることでした。私の家だけでなく友人の家もそうだったと思います。それがいつの頃か少しづつテーブルと椅子に変わっていきました。それは明治以降の病的なまでの西洋志向のなせるワザでしょう。
私は西洋と日本のどちらが上という考えはありません。良いトコと悪いトコがある。日本の良いトコをちゃんと見たい。西洋音楽はすばらしいので、私は毎日ピアノを練習しています。でも日本の良いトコはちゃんと評価したい。
日本の座卓はすばらしいですよ。まず、「融通無碍」というのがある。何人でも座れる。テーブルだと椅子の数しか座れない。二つ目は、前と関連して、椅子が要らない。三つ目は落ち着く。これは日本人だからでしょう。四つめは健康に良い。これが一番言いたい。座卓は立ったり座ったりの繰り返しです。数えてみると1日に30~40回は立ち上がります。これ年間にすると30×365で、1万回ですか。
よく「カンジンカナメ」と言います。これは人間の身体で大事なのは、カン(肝臓)、ジン(腎臓)、カナメ(要=腰)なのです。腰は大事です。最近の日本人力士が弱くなっているのはテーブルのせいではないでしょうか。
ウンチングスタイルも最近は洋式です。和式の方が腰を鍛えます。でも我が家は洋式です。客商売なので仕方ないのです。
皆さん、座卓を見直しましょう!
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by sueki-k | 2010-03-10 23:12 | 日本文化論

モダンな和(byけい)

山百合が咲きました。これは日本特産の百合で、山野草の女王といってもいいくらい立派です。この花、美しいのと、球根が美味しいのとで、道端に生えているとすぐ採られてしまいます。我が家には10本くらい生えていますが、いずれもっと増やしたいですね。
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最近「日本」が見直されていますね。明治以降西洋に追いつけ追い越せ一点張りでしたが、日本はもう完全に西洋に追いついているわけで、そういう方向はもう見直したほうが良いだろうと思います・最近の傾向は良いことでしょう。
考えてみれば、奈良時代以前に大陸から中国文化が入ってきました。最初のころは恐らく中国文化一点張りでしたでしょうが、300~400年位すると中国文化を消化して、日本独特の文化が生まれました。典型的なのはかな文字でしょう。その他、今の「和」の文化があらゆる分野で芽吹きます。
で、問題は明治以降です。今度は太平洋側から、西洋文明が入ってきました。そしてまもなく150年が経とうとしています。もうそろそろ西洋文化を消化して、新しいものが生まれても良いだろうと思います。
最近ユカタが見直されたり、和のものがいろいろ見直されつつあります。でも私が思うのは、単なる回顧趣味でなく、新しい形での「和」が欲しい。純和風の家では面白くない。一つの方向として「モダンな和」がいいですね。赤坂で私の器を使っている「麦屋」さんは、蕎麦屋なのにジャズを流している。こういうのがいいですね。蕎麦屋で琴が流れるのではつまらない。
どちらにせよ、グローバル化は避けられないわけで、そうなればなるほど、独自の文化が重要度を増します。これから日本文化はどういう方向に行くのでしょうか。
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by sueki-k | 2009-07-23 21:19 | 日本文化論

隠す文化(byけい)

以前、茶碗の高台について書きました。高台というのは、お茶碗の底の少し高くなっているところです。
茶碗造りは、高台にその人の実力と個性が出ています。ですから茶席でお茶を飲んでから、ひっくり返して高台を見るのは合理的なのです。そこにはその個性と素材(土味)がでています。これは表からみただけでは分りません。こういうことは洋食器にはないと思います。裏にはせいぜい会社の名前が印刷されている程度でしょう。
こういう風に日本の文化は見えないところにおしゃれをします。典型的なのは着物です。私が以前持っていた襦袢は竜の模様が入っていました。写真は羽織の裏です。こんなところに模様が入れてある、本来必要がない筈です。表が無地で裏に模様を入れる。いわば見えないところにおしゃれをする、これが日本人の美意識です。
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これは隠す文化といっても良いでしょう。
西洋のドレスなどは、いかに見せるかに腐心しているように思われます。おっぱいギリギリまで見せます。そのくせドレスの下はしっかりガードしているのです。
着物はおっぱいはしっかり隠していますが、昔はパンティーをはいていなかったそうですね。
どちらが色っぽいでしょうか。
人間は空想の動物です。あまり露わに見せられるとむしろ色気が感じられなくなります。日本のように隠すほうが色っぽいと思うのですが、いかがでしょうか。
そういう意味で、今の若い子は色気がなくなってきているように思われますが、これは私の気のせいでしょうか。
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by sueki-k | 2009-06-24 20:34 | 日本文化論

続・侘びについて(byけい)

子犬のモナカが、きょう、貰われていきました。
めぐみのテニス仲間で、安中市のご家族です。近いからいずれ会えるでしょう。
モナカ、元気でね。
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17日に侘びとは、というのを書いて、続きは明後日と言いながら、あっというまに5日経ってしまいました。きょうはその続編を書きます。
茶道の始祖と言われている、武野紹鴎にこんな言葉があります。
「侘びとは、ワラ屋に名馬繋ぎたるがごとし」
これの反対は「豪華な厩に駄馬を繋ぐ」です。これは《俗》と言ってもいいでしょう。この《俗》は世の中に充満しています。例えば、豪華な家を建てて、中に飾ってある絵が安っぽかったり・・・もう少し言うと住む人が俗人だったり・・・こういうのダサイというのでしょうか。以前私の尊敬する人が3人いると書きましたが、そのうちの一人は達人のような人でしたが、借家に住んでいました。こういうの、カッコイイですよね。そう、侘びの現代語訳は「カッコイイ」でいいかも知れません。
良く行政が箱物を作ります。「○○美術館」とか。本来は、良い絵をたくさん持っていて、飾るところが欲しいから美術館を作るべきで、絵がないのに美術館を作っても仕方ない。文化会館なども、その土地の音楽活動などが盛んで、是非発表の場所が欲しいから建てるというのでないとおかしい。よく見かけるのは、建てたはいいけど使う人がいない、仕方ないから中央から誰かを呼ぶ。こういうのをダサイと呼びましょう。
侘びから離れそうですが、でも大事な話です。これはハードとソフトの話になってきます。この話は「人生の目的は?」という話に通じます。又にしますね。
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by sueki-k | 2009-02-22 19:39 | 日本文化論

侘びとは(byけい)

「侘びとは」というのがきょうのテーマです。あなたは、「侘び」とは何だと思いますか?

でもその前に、今は夜中の零時過ぎ、本来は明日の夜に書くはずのブログを、今書きます。というのも、明日は個展の搬入で、初日だからです。毎日更新!!のブログはこういう時つらいですね。でもグチは言いません。ちゃんと書きます。
明日(17日)から28日まで、さいたま市の「プレリュード」という喫茶店で個展をします。
私の在廊はあしただけです。
写真はそれと関係なく、子犬のキナコが14日に貰われていったときの写真です。
キナコ、元気でね!
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侘びについては、簡単には語れませんが、とりあえず、少しだけ書きます。
私の友人が、イギリスに「侘び寂び(ワビサビ)」という店を開きました。では侘びとか寂びとはなに?と訊いて、日本人はどう答えるでしょうか。
私のイメージはこうです。ものすごい贅沢をして、あらゆるおいしい物を食べて、そのあとにお茶漬けを食べる。これがうまい!これは、4次元的な美意識で、侘びです。
百人一首でも「秋の夕暮れ」というのが出てきますが、あれも4次元的です。つまり暑い夏を過ごした後の、寂びた秋の夕暮れ、それがなんとも感動的なのです。単に美しい秋の風景でなく、暑い夏を過ごした後の秋の夕暮れなのです。
日本人の美意識はとても高度です。西洋人には解りにくいと思います。
日本人だとこのくらいの説明でも結構解ります。
でも、「侘び」と「寂び」の違いを説明しろと言われると、う~む、ちょっと解りませんね。どなたか知っていたら教えてください。
この続きは明後日に・・・
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by sueki-k | 2009-02-17 00:57 | 日本文化論