陶芸家の森の日々                      ~佐藤火圭(けい)ワールドへようこそ!

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カテゴリ:パラドックスと猫( 11 )

パラドックス総集編(byけい)

子猫の「のり」はそろそろ「子」をつけにくくなってきました。
人間でいうと小学生高学年くらいでしょうか。
体重1760g(先週1750g、)体長57cm(先週55cm)、あまり増えていませんね。
それにしても猫はよく寝ます。猫の語源は「寝子」だそうで、そういえば、日光の彫刻も確か「眠り猫」でしたよね。猫の手も借りたいというのは、猫がいかに役に立たないかを物語っています。
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世の中はパラドックスに満ちている。
ということで10回に亘ってパラドックスについて書いてきました。
(1)自由は不自由
(2)恵まれているは恵まれていない
(3)ピンチはチャンス
(4)塵も積もれば山となる
(5)きれいは汚い、汚いはきれい
(6)終わりは始まり
(7)プラスはマイナス、マイナスはプラス
(8)高いは安い、安いは高い
(9)近いは遠い、遠いは近い
(10)便利は不便
パラドックスというのは面白いですね。一見矛盾していそうで、真実味がある。たとえば「急がば回れ」、これが「急がば近道」では当たり前すぎて面白くない。人生において「急がば回れ」の方がずっと真実味がある。格言や諺にはこのたぐいが多いように思います。諺辞典を引けばたくさんあるでしょうね。
親鸞の「善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」もかなりパラドックスっぽい。

パラドックスはこの辺で止めて、来週からちょっと話題を変えます。「のり」の成長記録は続きます。
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by sueki-k | 2008-11-19 19:37 | パラドックスと猫

パラドックスその10《便利は不便》(byけい)

子猫の「のり」は、大きくなったようですが、まだ子猫でしょうか。
体重1750g(先週1520g)体長55cm(先週51cm)
先週の話の続き。猫はとてもきれい好き。うんちをすると、きれいに砂を掛けます。またいつも体中を舐めているので匂いがしません。
それと比べると、犬はけっこう臭い。年中洗ってやれば別でしょうが、普通猫のように、自分で舐めてきれいにはしません。
思うに猫は単独で狩をする、獲物が来るのを潜んで待つので、匂いがしたらマズイのでしょう。犬は集団で狩をするから、匂いがしても大丈夫なのでしょうね。
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世の中はパラドックスに満ちている。
きょうは「便利は不便」という話。
そういう例はたくさんあるでしょう。車などは確かに便利ですが、東京に乗ってゆくと、とても不便です。駐車場を探すのが大変ですし、お金もかかる、第一酒が飲めない。
数年前に小学館の人が、出張でうちに来て食事をして行きました。そのあと葉書で礼状が届きました。それにこう書いてありました「携帯電話が届かなかったのが一番良かったです。」そう、便利で不便の横綱は携帯電話かもしれません。うちの弟子もここに来て、携帯から開放されたのが一番うれしいと言っています。
私の知り合いのご主人は、外資系の銀行に勤めていますが、不況になってこの数ヶ月たいへんなのだそうです。休みの日も携帯にかかってくるし、夜中もアメリカからメールが届いて、24時間勤務みたいになっているそうです。これはインターネットの「便利で不便」なのですね。その話を奥さんから聞いて、思わず二人で声を揃えて「便利は不便!」とハモリました。(その奥さんはこのブログのファンです。)
ある人が言っていました。「人間、一つ便利になると、一つ失うものがある。」まったく同感です。
皆さん、便利もほどほどにしましょうね。

さて、パラドックスシリーズが10回になりました。このシリーズはこの辺で止めにして、別の話題にしようかと思っていますが、その前に来週はパラドックスの総集編にします。
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by sueki-k | 2008-11-12 20:00 | パラドックスと猫

パラドックスその9《近いは遠い、遠いは近い》(byけい)

毎週水曜日は子猫の「のり」の日。
只今、体重1520g(先週1390g)、体長51cm(先週49cm)
まだまだ子猫です。
うちの猫トイレは普通の砂です。これは世話がたいへんなので、最初市販の猫砂を買って来ましたが、匂いが嫌いみたいでちょっと嗅いで、それ以上近づかなかったので、仕方なく普通の砂にしました。感心するのは、ウンチやオシッコをしたあと、きれいに砂を掛けることです。これをネコババといいます、いやネコババの語源ですね。広辞苑を引くと、悪行を隠して知らぬ顔をすること、とあります。(ばばは大便とあります)
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世の中はパラドックスに満ちている。
私は今までたくさんの人に助けられて、ここまで来ました。助けてくれた人は、意外とまったく無関係な人が多い。兄弟、親戚で今でも関係のあるのは弟だけ、また、同級生などもほんの一部の人だけ、またここ倉渕の人ともほんの一部の人だけ。圧倒的に多いのは、もともと全く関係ない人が、私の作品を気に入ってくれて応援してくれているケース。群馬、東京、関西、岩手、山口、北九州など全国にいます。このブログを見ている人は、倉渕にはいないのではないかと思っています。むしろ遠い人の方が興味深く見てくれているようです。これって《近いは遠い、遠いは近い》ですね。そういえば「兄弟は他人の始まり」とか「灯台もと暗し」とかの諺がありますね。
ところで、自分にとって最も遠い所は、どこだかご存知ですか?
それは背中です。もし自分が千里眼だとして、ずっとずっと前を見てゆくと、やがて自分の背中にたどりつきます。それ以上は見えないはずです。一番近くて一番遠い所、それは背中です。背中を流し合うというのはちょっと哲学的かもしれません。ハイ、きょうのオチでした。
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by sueki-k | 2008-11-05 20:12 | パラドックスと猫

パラドックスその8《高いは安い、安いは高い》(byけい)

毎週水曜日は、子猫の「のり」の日。
きょうの記録は、体重1390g(先週1300g)、体長49cm(先週48cm)。成長が少しゆるやかになった様です。
先日、お茶会の帰りに時間があったので、久しぶりに映画を観ました。びっくりしたのは、予告編が3つあって、それがすべて動物物だったことです。旭山動物園の話と、猫の話と、豚を教室で飼う話。不景気になると猫がはやり、好景気の時は犬がはやるということは聞いたことがありますが、不景気になると動物がはやるのでしょうか。どなたか知っていたら教えてください。
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世の中はパラドックスに満ちている。
きょうの話は、一昨日のめぐみの話の続き。
むかし私が20代の頃、傘をよく失くすので、ある時大枚をはたいて番傘を買いました。当時借りていた部屋が、4畳半で6500円の時、番傘は4000円しました。今だったらいくらするでしょうね。でもこれずっと失くさないで持っていました。ある時駅でベンチに忘れそうになったら、他の人に注意されて、あやうく失くさないで済みました。結果的に安くついたと思います。
「高いは安い」こういうことは世の中たくさんあると思います。
反対に「安いは高い」というのもよくありますね。よく言うことに「安物買いの銭失い」私が痛感しているのは、パソコンのソフトです。例えば名簿を、今パソコンにインプットしていますが、今のソフトは市町村の合併で住所が変わった時に、変更できないのです。いちいち手で変えるしかありません。ソフトによっては変えられるのもあるようで、安いのを買ったおかげで膨大な時間の損失をしなければなりません。帳簿ももっと高くて優秀なのを買えば良かったと後悔しています。
勿論、焼き物もそうです!高いものを買うと丁寧に扱います。生活が豊かになります。一生使うと思うと安いものです。100円ショップのものでも生きてはいけますが、豊かな人生とは言い難いですね。
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by sueki-k | 2008-10-29 19:37 | パラドックスと猫

パラドックスその7《プラスはマイナス、マイナスはプラス》(byけい)

きょうは子猫の「のり」の日です。毎週水曜日にのりを載せます。ただし10月8日は丸善の個展の初日でしたので、7日に載せました。のりの成長記録を整理しておきます。
写真は9月3日が最初でしたが、このときは体重を量っていませんでした。
 体重     体長
9月10日: 415g   31cm
9月17日: 600g   33cm
9月24日: 710g   37cm
10月1日: 900g   39cm
10月7日: 1050g  41cm
10月15日:1200g  43cm
10月22日:1300g  48cm
着実に大きくなっていますね。
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世の中はパラドックスに満ちている。
きょうの話はとても現代的で皮肉な話です。私はちょっと健康オタク的なところがあって、若い頃から健康には注意を払ってきました。
サプリメントもいろいろ試しています。具体的にはいいませんが、5種類くらいは試してたでしょうか。それぞれある程度効果がありますが、最近、現代の食品に疑問を持つようになって、もしかしたら、出来るだけ何も食べない方が健康にいいのではないかと考えるようになりました。例えば、喉が渇くと、以前はリンゴジュースとかレモン入りの何とかとか、健康にプラスになりそうなものを飲んでいました。最近は「水」と決めています。リンゴジュースは健康に良さそうですが、農薬が心配です。本来プラスの筈が、マイナスかもしれない。それならいっそゼロの方がいいのではないか。レモンなどはもっと危険を感じますね。
我々は今、だいたい食べ過ぎています。「食べなくても生きられる」というような本が以前出ていましたが、私はこの方に共感します。
今までの健康法で一番効果のあったのは「断食」です。これは通常からするとマイナスです。これが健康に良いのだから、これって《マイナスはプラス》ということになりましょうか。
現代は飽食の時代。食べると言う行為は本来プラスのはずですが、食べ過ぎでマイナスになる。皮肉な時代ですね。
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by sueki-k | 2008-10-22 17:57 | パラドックスと猫

パラドックスその6«終わりは始まり»(byけい)

子猫の「のり」が、なにか皮膚病みたいに毛並みがおかしくなったので、獣医さんに連れて行ったら、ダニだと言われました。顔にウミのようなものがあって、それをこそぎ落として顕微鏡で見たら、まるで漫画のダニみたいなのがいっぱいウジャウジャしていたそうです(女房談)。消毒したからもう大丈夫だそうです。動物を飼っていると、いろいろなことが起きますね。
のりは只今1200g、体長は身体が27cm、しっぽ16cm、合計43cmです。
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世の中はパラドックスに満ちている。
きのうまで個展をやっていて、きょうは早速ロクロを挽いています。普通は雑用をしながら少し休むのですが、仕事が詰まっていて、すぐ開始です。終わったと思ったら、始まりです。そう、きょうのテーマは、«終わりは始まり»
別れは出会いの始まり、などとよくいいますが、そういうことは多い。卒業式の次は始業式ですし、常に終わりと始まりを繰り返すのが人生です。
一日の始まりはいつからだと思いますか?わたしは前日の寝るときだと思っています。もし寝る前に、例えば夫婦喧嘩でもして不愉快な気持ちで寝たら、翌日絶対に影響しますよね。泣きながら寝たら、翌日一日悲しい思いで過ごしますよね。つまり一日の始まりは、前日の寝るときなのです。終わりの次が始まりなのではなく、「終わり=始まり」なのです。
人生の始まりはいつだと思いますか?
これは、もし前世、来世があるとすると、死ぬときだと思います。あくまで仮定の話ですが、前世があるかないかは証明されていません。だとしたらどう考えてもいいわけです。
来世があると仮定すると、次の人生の始まりは死ぬときです。そう考えると変な死に方はできません。自殺とかすると、次の人生は悲惨でしょうね。
わたしは来世は音楽家と決めています。だから死ぬまでそのための準備をしようと思います。モーツアルトのような天才音楽家はきっと前世から準備をしていたのだと思うのです。でなければあんな小さい頃から天才であるはずはありません。
わたしは死ぬまで準備をして、死ぬときに「来世は音楽家!!」と念じて死にます。かくしてわたしは、来世に天才音楽家として生まれ変わるのです。
Do you understand?
わたしの辞書には「老後」という言葉はありません。
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by sueki-k | 2008-10-15 22:53 | パラドックスと猫

パラドックスその5«きれいは汚い、汚いはきれい»(byけい)

子猫の報告は毎週水曜日なのですが、明日から東京駅の丸善で個展のため一日繰上げます。
子猫の「のり」ちゃんは、寝るか食べるとき以外は、常にジャレています。さすが他の兄弟が全部死んで、一匹だけ生き残っただけあって、生命力に溢れています。毛並みも良くなってきました。
只今、体重1050g、体長41cm(しっぽ14cm)です。

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世の中、パラドックスに満ちている。
きょうのテーマは «きれいは汚い、汚いはきれい»
え?と思うかもしれません。
きれいが汚い?
汚いがきれい?
最近の異常なまでの清潔志向に、わたしは疑問を持っています。
まわりは抗菌グッズで溢れている。先日頂いた携帯用おしぼりも、手洗いソープも「抗菌」と書かれています。毎年O-157の中毒の記事を新聞で見ますが、O-157はとても弱い菌なので、きれいな所にしか発生しないらしい。東南アジアのような不潔なところは雑菌がいっぱいいて、O-157は負けてしまうのだそうです。
わたしは以前、滋賀県の知的障害者の共同作業所内に住んでいました。そこの水道は沢から引いていたので、大雨の日には濁りました。つまり沢の水を飲んでいたわけです。そこの大将が何人かでインドに行った時のことです。他の人が皆下痢をしたのに、自分だけ下痢をしなかったそうです。
どうも日本人は清潔すぎるのではないでしょうか。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」という名言を思い出します。
きれいにし過ぎてO-157が発生して中毒をおこす、これってきれいは汚いということになりませんか。
我々陶芸家は、穴窯の窯詰めの時に、土のダンゴをなめて作品につけます。
しまいには土で口が真っ白になります。つまり、土を食べていることになります。それで決してお腹を壊したりしません。それどころか、外国へ行っても下痢など起こさないでしょうね。汚いはきれいなのです。
人類は誕生以来、菌と共に生きてきました。お腹の中も菌だらけです。皮膚にも菌が生息していて肌を守っているそうです。抗菌とか消毒とかはすこし控えたほうがいいのではないかと思う次第です。(病院などは仕方ないですけどね)
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by sueki-k | 2008-10-07 10:01 | パラドックスと猫

パラドックスその4«塵も積もれば山となる»(byけい)

子猫のノリが体重900g、体長39cm(しっぽ14cm)になりました。
とてもよくじゃれる猫です。きょうも長い間、鼠のおもちゃにじゃれていました。

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世の中はパラドックスに満ちている。
わたしの好きなことばに«塵も積もれば山となる»というのがあります。
言い古された言葉で、今更取り上げるほどのことでもないですが、でも人生長くやっていると、この言葉がずしりと響いてきます。言うまでもなく、塵と山は対立するものですが、それが一緒になるというのです。
これは、様々な場面で遭遇します。
わたしの仕事の仕方を紹介します。わたしのような仕事は、何時から何時というサラリーマン的な、時間制ではありません。一日にどれだけ仕事をやったかです。100仕事をやるとそれだけの収入、200やればその倍の収入。とてもシンプルです。少しでも仕事をやれば収入が増える。そこでわたしは、きょうの仕事はこれでおしまい、となってからちょっとだけ仕事をします。ほんのちょっと、なんでもいい、掃除でもいい、1分あるいは2分。これは長い間に大きな仕事になります。
もっと顕著なのは、健康についてです。わたしは今とても健康で、35年くらい医者にも健康診断にも行っていません。例外的に歯医者だけには、たまに行きます。それは、わたしがもともと身体が丈夫なのでなく、むしろ虚弱だったからにほかなりません。
わたしは朝起きると、5分間くらいふとんのなかで運動します。それは、眼、耳、歯、鼻、足の指、お腹、腰、肩、首などほんの少しづつです。これは一ヶ月くらいでは効果ありません。10年くらいのスパンで考えるべきでしょう。5分を10年間やると、どのくらいになると思いますか?実に300時間です。300時間健康法をやる人間とやらない人間とが、差がついても仕方ないですね。おかげでわたしは、もうすぐ還暦だというのに、眼鏡はいりません、辞書も読めるし、運転にもいりません。
マイナスの塵もあるでしょう。健康に良くない塵のようなことを長い間続けていると、病気になりますlコンビニ弁当を少しくらい食べても大丈夫でしょうが、毎日10年間食べたら病気になるでしょうね。
塵は絶対に馬鹿にしてはならないのです。
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by sueki-k | 2008-10-01 21:42 | パラドックスと猫

パラドックス(その3)«ピンチはチャンス»(byけい)

子猫«のり»の体長は37cm,シッポの長さは12cm,体重710gになりました。
インコは調べたところ、遊んであげたほうが良いらしいので、家の中で一日一回放すようにしようと思い、きょう初めて室内に持ってきました。そうしたらのりが興味を示し、鳥かごに登ってゆきました。さあ、仲良くなれるでしょうか。
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世の中はパラドックスに満ちている。
きょうのテーマは«ピンチはチャンス、チャンスはピンチ»
野球などではよく、ピンチのあとにチャンスあり、と言われます。ピンチとチャンスは真反対の言葉ですが、私はずばり、«ピンチは(=)チャンス»と言いたい。人生長くやっていると、いろいろなピンチに襲われて、それをなんとかクリアーしなければならない場面がありますね。私の友人の会社が売り上げが落ちてピンチに陥ったとき、彼は徹底的に経費削減を目指し、なんとか乗り切りました。考えられるあらゆる経費を削減したそうです。そうしてクリアーしたあと業績が回復し、以前より楽になったそうです。
また、最近読んだ文章の中に、こんなことが書いてありました。

私は私の治療院にやって来たがんの方に「がんでよかったですね、がんは即死しないですから。執行猶予中にやれることはたくさんありますよ、そうしたらがんになる前よりも、素敵な賢い、いいからだになりますよ」とよく言います。(島あけみ;鍼灸師&シャンソンシンガー)

人生で一番大切なのは、ピンチの時どうするか、と私は思っています。順風満帆の時はどうやったって生きていけますが、ピンチというのは必ず訪れるものです。もし神様がいるとすれば、そのピンチは、神様が与えてくれた人生のテーマなのだと思います。
私も何回もピンチに見舞われています。その時の呪文を教えてあげますね。それは
«今が最高!»
人生の最も苦しい時にこの呪文を唱えると、必ずクリアーできますよ。
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by sueki-k | 2008-09-24 12:45 | パラドックスと猫

パラドックスその2《恵まれているは恵まれていない》(byけい)

毎週水曜日は、子猫「のり」の成長記録と、私のエッセイを載せます。
のりの体重は今600グラム、体長33cm、シッポの長さが11cmだから、本体の長さは22cmです。最近よくじゃれるようになりました。
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世の中はパラドックスに満ちている。
先週《自由は不自由、不自由は自由》ということを書きましたが、きょうは《恵まれているは恵まれていない、恵まれていないは恵まれている》です。
前回の話の続きのような話ですが、最近の日本を見ていると、特に子供達は少なくとも物質的にはとても恵まれている。でも恵まれすぎていて、どこかかわいそう。反対に発展途上国の子供達は、目がキラキラ輝いている。夢を語る大会をしたら、日本の子供達は絶対負けるでしょうね。
「帝王学」というのがあるそうです。たとえばロックフェラーなどの超大金持ちの家では、特別の教育をする。というのも恵まれすぎは人間を駄目にするから、そこのあたりを意識して、駄目にならないように教育するのでしょうね。
今の日本の生活は、昔のお殿様と同じくらいのレベルだそうです。してみるとあまり意識しないで子育てをすると、恵まれすぎていて、駄目な方向に行くのではないでしょうか。「帝王学」というのが、具体的にどんなものか知りたいですね。
私の身近な子供達を見てみると、恵まれているのに駄目になってゆくケースと、恵まれていないからこそ頑張っているケースが多く見られます。
ところで、また私事になってしまいますが、私は恵まれているのか、恵まれていないのか。
私の母は私の小さい頃肺結核になりました。小学校の頃、たまに母が家に帰ってきても、病気が移るからといってそばにも寄れませんでした。だから、私は母の膝の上に乗った記憶とか、一緒に風呂に入ったり寝たりした記憶はありません。父は私が10歳のときに、突然脳溢血で死にました。そして母は、私が20歳の時に死にました。その時点で祖父も祖母も全員他界。だから焼き物の道に入って独立独歩でやってきました。
小さい頃身体が弱く、勉強もできず最悪でした。
でも、そこが不思議なところですが、だからこそ色々な人に恵まれ助けて貰いました。
兎に角、今は健康で(30年間歯医者以外は行ったことがない)焼き物で生活しています。
私は多分恵まれていなかった分、恵まれているのでしょうね。
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by sueki-k | 2008-09-17 15:26 | パラドックスと猫